澄んで、青く。花薫る。  6


 足音を立てないよう気をつけながら近寄り、様子を窺う。何度も後頭部を強打した割に、安らかな寝顔を見てほっとする。
 この先輩は、一体何者なのだろうか。
 他校生との乱闘の際に見せた強さ、優雅でいて冷徹な態度と、初めて見たときの暴行を甘受するその姿は、やはりどうしても相入れるものとは思えなかった。

 あれこれ思い巡らせながら、透き通って消えてしまいそうな肌を見つめていると、自室での時と同じように紅い瞳が姿を現した。
「・・・・・・・・・君か」
 あの時と同じ、掠れた、囁くような声。
 何と答えるべきか言葉が見つからず、視線を揺らす。
「・・・このところ、気を失って目覚めると、何故か君がいる。」
 頷けばいいのだろうか。しかし別に、千家をつけまわしているわけではない。
「これは一体、どういうことなのだろうな。」
 微かに苦笑する千家。いま、彼に生徒会から禁じられた疑問をぶつけてもいいのだろうか。唐突に過ぎる気もするが・・・。

「・・・ふ、そんなに物欲しそうな顔をして。キスでもしてほしいのか?」
 ぼんやり見つめていたので、一瞬、何と言ったのか良く分からなかった。が、挑発を含んだ瞳と視線がぶつかり、意味を理解して顔が熱くなる。先日の吐息を思い出し、急に鼓動が高まった。
「何をっ、言ってるんですか!違います!あの時は折角助けたのに、突然・・・ し、しかもいろいろ訳わからないし。 だ大体、あんな、・・・ぁ貴方はホモなんですか?!」
 カッとなって声を荒らげてしまったが、千家は冷静に答える。
「違う。・・・同性愛、という意味で言うのであれば、生徒会副会長はホモだけどな。」
「え・・・・・・」
 突然話が変な方向へ飛んで行った。
(堅物で模範的なイメージの館林副会長が・・・?)
「まぁ、冗談だ。この間は助けてくれてありがとう。」
「あ・・・いえ・・・」
 急にこちらを真っ直ぐ見詰めて素直に言われると、それはそれで拍子抜けしてしまう。それより、冗談って・・・
「ところで、君の名を聞いていなかったな。」
「・・・柊、京一郎です・・・」
「柊くん、・・・成る程。」
 なんだかさっきから思考を中断させられている気がするが、会話を続けられそうなので、例の疑問をぶつけてみる。
「先輩は、実力考査の日、生徒会の人たちと、他校の人と一緒に居ましたよね?」
 千家の表情は動かない。
「この間は、あんなに他校の不良を倒してたのに、先輩強いのに、なんであの時は一方的にやられてたんですか?なんで、生徒会の人たちは、先輩が殴られるのを、あんなに近くにいたのに、ただ見ていたんです?この間、生徒会室で館林副会長に聞いても、このことは忘れろって言われて、何も教えてくれなくて・・・」
 不満な気持ちを露わにする京一郎。じっと見つめていた千家は、少しだけ表情を和らげて口を開いた。
「君は、大学進学はするのだろう?院には?」
「え・・・?」
「疑問、謎を見つけて、解明したいと強く思うのは悪いことではない。何故何故、という君は、研究職に向いているんじゃないか。」
 また、唐突な話題。まだ高校に入ったばかりで、大学ではどの学部を目指すかも決まっていないのだから、まして大学院なんて考えたこともない。来冬の受験を控える3年生にとってはありふれた話題なのだろうか。
「けれど、知らないことで日々の平穏を守れることもある。」
 双子と同じことを言う千家。生徒会室での事を思い出し、京一郎は俯いた。
「・・・と、生徒会から言われたのだろう?」
「はい。・・・でも、そんなことできません。だってそうでしょ、館林副会長は違うって言ってたけど、生徒会は明らかな1対多数のいじめを目撃しているのに、助けなかったんですよ。帝学の生徒会は、生徒を守らないで、生徒をいたぶっているってことですよね?」
 千家は返事をしない。
「先輩も、あんなことされて黙ってるんですか?そんなのおかしい。ほら、今もまだこんな痣が残ってるのに・・・」
 思わず、薄っすらと青い頬に手を伸ばす。指が前髪に触れた。
「あす!・・・みません・・・」
 慌てて手を引っ込める。語尾を小さくした京一郎に、千家の表情は緩んだ。
「ところで、昼食は済んだのか?」
 首を振る。
 と、荒々しく保健室の引き戸が開いた。
「千家!」
 つかつかとこちらへ近づき、勢いよくカーテンを引いたのは、青い顔をした館林。
 京一郎の方を向いたまま、千家が気だるげに視線を送る。
「授業中に倒れたと聞いた。具合はどうだ?メールしてくれれば良かったのに・・・」
「ここに居る、柊くんが来てくれたのでね、お前を呼ぶ必要は無かった」
 館林はそこで初めて京一郎に気付いたように振り向き、そしてまた無言で千家へ向き直る。
「伊織、心配した。」
 千家は低く笑う。皮肉な響きを感じるのは気のせいだろうか。
「それは、まあそうだろうな。」
「!・・・違う、そういうことじゃ」
 館林は一瞬目を瞠り、すぐに顔を顰めて言いすがった。が、
「柊くん」
 呼びながら、千家は京一郎の腕を軽く掴んだ。しなやかに絡むような白い腕に先日の自室でのことを連想して、京一郎は一瞬体を硬くしたが、立とうとしたのだと気付いてこちらからも補助する。
「昼食を付き合ってくれ。奢る。見舞いに来てくれた礼だ。」

 千家は館林を置いて、廊下へ出てしまう。歩くのには問題ないようだ。
 館林はと見ると、苦虫を噛み潰したような顔で佇んでいる。どうしたものかと一瞬戸惑ったが、こちらと会話する気は無いようなので、軽く会釈して千家の後を追った。
  やっと千家先輩が喋りました。怪我する割には頑丈・・・?

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