澄んで、青く。花薫る。  5


 教室での京一郎の座席は、窓際の後ろから3番目だ。
 後ろから2番目に居るのが、情報通の外部特待生である乙若。彼は元々、帝学から徒歩15分ほどの距離にある、冠那木(カンナギ)高専へ進学予定だったという。仲の良い先輩たちと同じ学校に行くつもりでいたが、念の為受けた私立の受験日、初めて訪れたこの学園に一目惚れして進路変更したということだ。
 冠那木高専は、宮大工として即戦力となる学生を育成するハイレベルな高等専門学校で、大学を擁しない帝学とは色々な面で随分異なる。決して偏差値の高くない帝学への特待生入学という急な方向転換を軽々と成し遂げた乙若は、思い切りが良くまた真に優秀な生徒なのだと、京一郎は密かに尊敬している。
 その乙若に、千家伊織のことを知っているかと聞いてみた。すると案の定、彼からは自信たっぷりの回答があった。
「千家さんは風紀委員長だよ。ちょっと冷たい感じはするけど、見た目がいいし、頭もすごく良いから、結構人気みたいだぜ。」

 放課後、偶然生徒会室の前を通りかかると、その隣の部屋の扉に「生徒会付風紀委員会」と書いた小さな木札が下がっていることに気づいた。
 乙若の情報が正しければ、千家はここにいるのかもしれない。
 小さくノックして、引扉を開く。しかし、そこには長机に向かい、何やら熱心に相談する10数名の生徒しか居なかった。想像していたような委員長用の窓際の大きな机も、生徒たちに囲まれる千家の姿も無い。
 長机の数人が、不審げに顔を上げる。京一郎は部屋を間違えた振りをして、戸を閉めた。

 千家はどこにいるのだろう。
 彼に会って聞けば、何故あんな酷いことをされていたのか分かるのだろうか。ケンカは強いようだけれど、なぜ始めは抵抗せず暴行を受けるがままにしていたのだろうか、生徒会の人達はやはり彼を見殺しにしていたのだろうか・・・。

* * * * *

 風紀委員室を覗いた翌日、昼前最後の授業中。ふと窓の外を眺めると、3年生が数クラス合同で体育をしていた。
 その中に加わらず、制服姿でベンチに座っている長身長髪の男子生徒。見間違う筈がない、千家だ。なんだか久しぶりな気がする。
 授業では、男女それぞれ二つのグループに分かれてサッカーをしているようだ。時折物凄い勢いでボールが飛んでいく。
 なんともなしに校庭を眺めていた京一郎だったが、それに気付いた教員に指されて教科書へ目を戻そうとした時、息を飲んだ。
 誰かに呼ばれて振り向いた千家の後ろから、ボールがその頭を直撃したのだ。先日、不意を突かれて他校生徒から殴られたのと同じ後頭部。
 千家はゆっくりベンチから崩れ落ち、女子の悲鳴が上がった。

* * * * *

 4時間目終了のチャイムが鳴ると同時に、保健室へ走った。
 何故だかはわからない。千家には、また会ってみたいとも、もう近づきたくないとも思っていた。けれど、倒れる姿を見て、居ても立ってもいられなかった。
 切らした息を整えながらそっとノックして引き戸を開くと、養護教諭は居らず、ひとつのベッドの周りにカーテンが引かれていた。
 そこには別の生徒が寝ているのかもしれない。けれど、京一郎はどうしても確かめたかった。
 息を潜めながらカーテンの中を覗く。
 そこにはやはり、瞳を閉じた、青白い千家伊織の顔があった。
  次回、千家さんがとんでもないことを言います。

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