澄んで、青く。花薫る。  7


 4月は食堂が混むからと、千家は校外へ出るよう促してくる。
 しかし時計はすでに、13時15分を回っている。5時間目は10分後からだから、のんびりしてはいられないはずなのに。
「先輩、時間、大丈夫ですか・・・」
「5時間目か。教員には私の見舞いに行ったら返してくれなかった、とでも言えばいい。」
「えぇ・・・」
「授業に遅れるのが心配なら、ちゃんと教えてやる。」
 首を少し傾げて事も無げに言う。そう言えば乙若が、千家は頭がいいと言っていた。
(仕方ないか。)
 京一郎は、得られなかった質問の答えを聞くためにも、もう少し付き合うことにした。

 路地裏の小さな小洒落たパン屋でサンドウィッチを買ってもらい、校舎とは別棟の図書館へ。
 入口へ続く階段を上ると、エントランスと、小さな広場がある。その脇にある林の小道を少し下ると、低木の茂みに囲まれて、人が2~3人辛うじて座れるほどのスペースがあった。

 今日は晴れ時々花曇り、気温18度。絶好のピクニック日よりだ。
 ひっそりと咲く山桜の根元にある倒木へ千家が腰かけるのに倣い、少しわくわくしながら隣へ腰を下ろす。
 京一郎は、いかにも良家の子息といった体の千家が、土が付くのも気にせずにいるのを不思議に思った。
「どうした?」
「いえ、・・・こういう所に来るイメージが無かったので。先輩も、この学校の人たちも。」
「ここは、地べたに座るのを嫌う連中が来ないから、静かで気に入っている。」
 それに、・・・と言いかけて、千家は口を閉じた。

* * * * *

 何処からか、沈丁花の香りが漂ってくる。この場所は千家の言うとおり、鳥のさえずりが時折聞こえる程度で、心地よい静寂に包まれていた。
 なんとなく、先程の千家の言葉の次を促しそびれてしまった京一郎は、沈黙に所在無さを感じて身じろぎする。
「・・・何だ?」
 察したのか、千家はこちらを向いてくれた。
「・・・学校にこんな場所があるなんて知りませんでした。他の先輩たちもここをよく使うんですか?」
 先の質問は置いておいて、当たり障りのないことを口にする。
「いや。」
「じゃあ、千家先輩の隠れ処、みたいな?」
「まぁ、そんなところかな。先程言ったように、お行儀の良い連中はこういうのを嫌う。」
―こうやって花の香りを嗅ぐのが、私は大好き。山や林を歩くのも好きよ。お行儀良く足を揃えてシートを引いて、なんてしてたら、大切なことを感じられなくなっちゃうわよ、お兄ちゃん―
 郷里の妹の言葉を思い出す。京一郎は、この変わった先輩に何か共通するものを感じて、少しだけ好ましく思った。
  管理人の趣味丸出しの展開です。

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