むかしばなし@参謀本部談話室


(参謀本部にて、千家中将と柊少尉が談話室前を通りかかったところ、ひとり茶を飲んでいた館林大佐に声を掛けられ、腰掛ける。)
「聞いたぞ、柊少尉。親睦会でやらかしたらしいな。」
(館林、にやりとしながら京一郎を見遣る。)
「わわ・・・もう広まってるんですか。」
「ふふ。あれはなかなか痛快だったな。まぁ私も大方事が終ったあとに行ったわけだったが。」
「もう・・・お二人ともやめてください。死にたくなります。」
(京一郎、うなだれる。)
「なぜまたそれほど暴れたんだ。普段穏やかな貴様らしくないな。」
(千家、くつくつと笑いながら。)
「私のリーベだと言われたのが、気に食わなかったらしい。」
「ほう。」
「違います。もっとひどい言い方だったんです。今思い出しても腹が・・・でもそのくらいじゃ、あんなに暴れたりしませんよ。私にやましいところは何もありませんから。」
「ふぅん。」
(千家、京一郎の腰に腕を回して引き寄せる。)
(館林、居心地悪そうにもじもじする。)
「では、貴様は何と言われたのだ。」
「言われた、というか・・・」
(千家、京一郎の髪を梳きながら。)
「私も詳しくは聞いていなかったな。酒が入っていたとはいえ、お前をあそこまで駆り立てるとは。いったい奴らは何をしたのだ。」
「・・・・・・昔の、話、です。」
「昔の話?」
「館林大佐殿は、ご存知なのでは。」
「何だろう。柊が怒りそうな話?」
(館林、首を傾げる。)
「・・・おそらく、千家中将殿が金輪際二度と酒の場にゆかぬと心に決めたときの話です。」
「・・・・・・。ああ、あれか。」
(千家、無表情。)
「うん?何時だって貴様は嫌がっていたと、私は思っていたのだが。」
「あのときは卿もいたな、館林。」
「私も?・・・もしや、あれか?軍靴で飲むか、貴様が脱ぐかと迫られた、」
「・・・・・・それ、です。」

* * * * *

 襖の先に広がる宴席に、千家と館林は言葉を失った。
「これは、・・・」
「やぁ千家に館林。遅かったではないか。先輩を待たすとは、大層な御身分だな。」
 ひとつ上の学年のUが、狐のような目をさらに細めて、大げさに両手を広げて見せた。
 館林は驚いて弁明する。
「お言葉ではありますが、本日は皆で集まり勉強会をするのだとEさんから伺っておりました。集合時間も半刻ほど後であると。」
 するとUの隣に座る同じくひとつ上の先輩のMが、気難しそうな顔で言った。
「勉強会は行う。ただしその前に、親睦をより深めようではないかとの先輩諸氏からのご厚志である。通常下級生には声を掛けないところ、貴様らには特別に目を掛けてやっているのだ。それに遅刻するだなど、――」
「まぁまぁ。糞真面目な貴様らにはEもこちらの会のことを言いづらかったのだろう。遅刻については問うまい。構わんな、諸君。」
 一番奥の席で肘掛に身を凭せ掛けていた優男風のIがゆったりと場を見回して問うと、意地の悪い顔でこちらを眺めていた先輩たちはひとまず一様に頷いた。Eは知らん顔をしている。
「先輩諸氏をお待たせしてしまったこと、館林共々心よりお詫び申し上げます。この埋め合わせは後ほど、戦術にかかる議論の場にて。」
 深々と首を垂れ慇懃に詫び、千家は腰を下ろした。館林も倣う。
 小さく舌打ちが聞こえた。
 所属していた連隊長からの強い推薦を後押しに、初審及び口頭試問も文句無しの成績で入学したともっぱら噂される二人には、常にやっかみの視線が向けられ、大学校にあっても何かと嫌がらせの的になるのは日常茶飯事である。
 顔を下に向けたまま、新入優等生2名は小声で囁き合う。
「そら見たことか。」
「俺は真に研鑽の場だと聞いていた。」
「それを信用するのが馬鹿の一つ覚えだというのだ。」
 すでに多少酒が入っているらしい先輩将校らは早速後輩に注がせると、再度、国に栄えあれと杯を上げた。

「先ずは飲み、高尚な勉学はそれからだ。」
(・・・酒が入ってろくな議論ができるとは思えんな。)
「何か言ったか。」
 声に出したつもりはないのだが、近くに座る将校が酒息荒く絡んでくる。これが高級指揮官の候補だと思うと、失笑を禁じ得ない。千家は微笑んで目を伏せた。
「いえ。先輩諸氏の熱き高志に、自分も心打たれる思いであります。」
「ふん。大体貴様、何だこの長髪は。誰の許しでこのような不潔な様相を呈している。え?」
 随分酒が入っているらしい。巨漢のTは千家の膳の前にどっかと腰を下ろすと、いきなりその前髪を掴んだ。
「・・・っ!」
「まるで女のようだな。貴様。」
「おい貴様、もしや連隊長殿の情夫なのではないか。上官に姿を作ってそそのかし、陸大へ良き口添えをとお願いしたのであろう。」
 Eもやってきて、ありもしないことを言い始める。千家の顔から表情が消えた。
 横で黙って聞いていた館林は、つい反射的に言い返す。
「お言葉ではありますが千家はそのような男ではありません。」
「ほう。であれば館林。貴様が連隊長殿を色仕掛けで落としたのか。」
「・・・な・・・っ!」
「なんだその顔は、図星か?」
 突然降られた側杖に館林はうまく対応できない。顔を赤くして小さな声で否定する。
「そのようなこと・・・ありません・・・!」
「顔が赤いぞ。どうやら本当らしいな。この淫乱が。」
 Tは千家の髪を離すと、館林の顎を乱暴に掴んだ。酒の息が当たって思わず目を瞑る。
 千家は乱れた髪を整え、顔に微笑みを戻すと静かに言った。
「先輩諸氏。自分や館林のような色気ない青二才が、上官殿のお相手を務めるなど滅相もないことであります。望んでも到底お声が掛かりません。お忙しい上官殿を喜びさす手練手管は、それこそ経験深い先輩諸氏の方が長けていらっしゃるのでは。・・・そう。例えばMさん。」
 突然千家に呼ばれて、Mはびくりと肩を震わせる。
「R教官殿から特に目を掛けられていらっしゃいますね。まさかとは思いますが、そちらの手ほどきも受けていらっしゃるわけではありますまい。」
「と、当然だ!何を言い出すかと思えば。」
 酒で少し赤らんでいた顔をさらに赤くして、Mは杯を煽った。
「・・・で、ありましょうな。R教官殿は皆から信頼厚い方ゆえ、親しげでおられること少々羨ましく、とんだ失礼をいたしました。それからGさん。」
 素知らぬ顔で黙々とつまみを口に運んでいた、痩躯で眼鏡をかけたGの表情が固まる。
「Y大佐殿がよく宿舎にいらっしゃるようですが、大佐殿とはご親戚でありましたか。」
「・・・そ・・・うだ。遠い、親戚だ。」
「精明強幹と名高い上官殿が血縁とは、これまた羨望の限りであります。」
 千家はつつましく微笑むが、もちろんY大佐とGは血縁でも何でもない。
 R教官とM、Y大佐とGは、つまり実際そういう間柄だ。これは伏せられているはずの情報で、その場に居る中でも知っている者はごく限られている。
「貴様。先ほどから何が言いたい。」
 事情を知らない先輩将校は友が侮辱されたと思い、苛立ちを隠さずに千家に掴みかかろうとした。
 すると一転、Tはそれを制し、猫撫で声で宥める。
「ま、まぁいいではないか。上官殿と親しげにする先輩を妬んでの戯言なのだ。取り入る隙もないと嘆くのを聞いてやるのも、先輩としての務めであろう。」
「そうだ。本日の親睦会の目的は、互いの屈託を失くすことにあるのだからな。多少の後輩の生意気も、大目に見てやる寛大さを知らしめてこその先輩である。」
 数名が同様にTに賛同してみせる。
(なるほど。Tも、彼も、誰かしらの稚児なのだな。)
 己に思わぬ火の粉が飛んできて、秘め事を指摘されたくない。その場にいる疾しいものを抱えた者たちは、何処まで知られているか分からない千家の情報に怯えた。
 嫌な沈黙に場が白けかけたところで、奥に座るIが思いついたように言った。
「静かになってしまったなぁ。おい、Yよ、久し振りにあれをやって見せてくれないか。」
「お得意の腹踊りか。いいな。俺も見たいぞ。」
 提案に皆が乗り、元よりひょうきんなYは二つ返事で軍服を脱いで腹を出し、膳の上の皿を持って踊り出した。
 そのうち、酒も深くなってきて羽目の外れ始めた者たちは、同じように服を脱いで踊ったり、杯を何処かへ失くして軍帽に酒を注いだりし始めた。

「おい、貴様の番だぞ。」
 うんざりしながらひたすら時の経つのを待っていた千家と館林だったが、いつの間にか横に座っていたMから差し出されたものを見て、絶句した。
「・・・これ、は・・・」
「見えんのか。酒だ。」
「失礼ですが、これは軍靴では?」
「そうだが、それがどうした。さあ、飲め。」
 千家の態度に気を悪くしたのか、少々声を強めて靴を押し付ける。
「しかし・・・」
「何だ、千家。先輩が手ずから注いだ酒を、新参者の貴様は拒むと言うか。」
「・・・・・・。」
 横に座る館林は、不穏な遣り取りを青い顔で見守る。
「これだから、華族の温い家で育った箱入りは駄目なのだ。野営地で器がない中、水を得ねばならないとなったら、貴様どうするのだ。入れる器が靴しかないから渇いて死にます、とでも言う気か。」
「・・・いえ。」
「・・・貴様。その顔、・・・気に食わんな。」
 言うと突然、Mは軍靴に盛られた酒を千家の頭上から零した。
「あっ!」
 思わず館林が声を上げると、彼は舐めるような視線を向ける。
「館林、貴様もかけて欲しいのか。」
「・・・・・・」
 千家は汚れた酒に髪を濡らされ、微動だにしない。
「空になってしまったな。注ぐ酒もない。さて。どうしたものか。」
 Mが大袈裟に溜息をつくと、Gがその軍靴を受け取り、後ろを向いた。軍袴の前立てを外し、静かに水音がする。
「ははっ。杯は満たされた。千家よ、飲むがいい。」
「!!」
 酒の混じった排泄物の臭い。
 Gから受け取ったMすらも、うっと鼻を押さえながら、軍靴を千家の鼻先に突き付ける。
「どうした、千家。先輩からの杯だぞ。」
「・・・・・・」
 状況として受け取らざるを得ない。しかし手を出せず逡巡する千家に、Iがおっとりと声を掛けた。
「千家よ、随分と気分が悪そうだな。酒に弱いとはだらしがないが、酔いが回りすぎて吐きそうだと言うのならば、我らも鬼ではない。無理に飲ませて死なれても困る。」
 薄笑みを湛えて語り掛ける優男を、千家は青く光る眼で見つめる。
「そうだなぁ、ならばこうしないか。貴様、どうしても飲めないのなら代わりに余興をしてもいいぞ。ただしYよりも面白いものだ。・・・そう、貴様は女みたいだから女形でもやって見せろ。なぁ諸君、可愛い後輩なのだ。二択くらい、与えてもよかろう。如何か。」
 先輩将校たちは異議なし、と応じる。
「聞けば貴様、他に膚を曝したことがないというではないか。服を替える機会などいくらでもあろうものであるのに、着替えを見たという者がない。これもまたおかしな話だ。・・・良いことを考えたぞ。女のように姿を作って焦らしながら軍服を脱げ、千家。下衣もな。」
「それは!!」
「何だ館林。この俺に意見する気か?」
 館林は口をつぐむ。穏やかな声のままのIの顔は、女がそれに見つめられたら悉く立ち尽くすだろう甘い仮面が歪み、獲物を嬲る獣のように醜く豹変していた。
「さぁ千家。軍靴で高級酒を飲むか、我らの目の保養に一役買うか。」
 軍靴!軍靴!
 脱げ!脱げ!
 完全に雰囲気にのまれた将校たちは、大声で囃し立てる。
「千家、逃げよう。具合が悪いと言・・・――っ?!」
 小声で千家を突いた館林は、首元に当たった冷たい感触に息を飲む。
「貴様、我らに楯突く気か?成り上がり華族が。少し痛い目を見た方が良かろうかのぅ。」
 軍刀を抜いたEが、館林の顎をひたひたと嬲る。
「・・・っむやみな抜刀は・・・、軍規に・・・」
「ほうほう、この期に及んで優等生殿は言うことが違う。」
 全く聞く耳を持たない相手に、館林は唇を噛むしかない。
「先輩諸氏。」
 ざわついた宴の間に、可憐な千家の声が響いた。
「折角髪も濡れて、水も滴るなんとやら。ご期待に応えられるか不明ではありますが、甚だ僭越ながら自分がひとつ、日頃の感謝のしるしとして諸氏の心の潤いとなってみましょう。」
「千家!」
 館林の声を背に立ち上がった千家は広間の中心へと進み、ぐるりと周りを見ながら濡れた髪を掻き上げ、くすりと微笑んだ。
 そして、ゆっくりと首元の徽章を外す。
 将校たちは軍靴と騒いでいたものも含め、汚されてなお美しく湛えられる千家の艶然たる笑みに惹き込まれ、無言で見守る。Iのみがひとり、小さく舌打ちをした。
 そっと徽章に口付けて膳の上に置き、千家は斜革を革帯から外す。
 金具のカチカチという音と、良質な布の衣擦れだけが、静まり返った宴の間を埋め尽くす。
 畳の上に上着を落とすと、幾名かの喉がごくりと音を立てた。千家はそちらへ少しだけ首を傾げて、流し目を遣る。それだけで、持っていた杯を落とした者もいた。
 そして楽器でも演奏するような手つきでサスペンダァの留め具を外し、落ちた軍袴から猫のように音もなく抜け出す。
 ゆっくりと見せつけるように襯衣の釦を外してゆく。袖口を咥えて腕を抜く。そのときも、釘付けになって固まる誰かしらに、眩しげに細めた視線を遣ることを忘れない。
 続いて今度は蠱惑的な紅い目を瞼の下に隠し、顎を上げて二、三度首を振ると、肩にかかっていた鼠色の襯衣は、千家の身体に絡みつくようにじりじりと、そして最後はまるで天女の薄衣のようにふわりと畳に舞い落ちた。
 露わになった膚は雪のように白く、長い黒髪の間から垣間見える背骨は官能的に、鍛えられた肉はしなやかに。
 最早その場の誰もが、Uですら細い目を割れんばかりに見開いて、千家の肉体を見つめる。
 他に漏れず見惚れていた館林は深く溜め息を吐き、そして同時に、うっとりとした嘆声だけでなく、次第に荒くなる吐息があるのを聞いた。
「・・・千家、もういいだろう、許しを請え。早く・・・!」
 焦燥を抑えられずに館林は小さく叫ぶ。しかしすぐに背と喉に強い衝撃を受け、むせ込んだ。
 刀を突き付けていたEではなく、その周りに居た数名が館林の襟首をつかんで押し倒したのだ。
「・・・余計なことを言うと、その首へし折るぞ。」
 彼らの目は血走り、その息は凶暴な音を立てる。
「先輩諸氏。まだ終わってはおりません。こちらへ。」
 跨下の紐を緩めながら、千家は優雅に彼らへ長い手を伸ばす。
 それが引き金となった。
 黙って見ていた者たちの何名かが立ち上がり、千家に掴みかかる。
「もう待てん」
「焦らしやがって」
「淫らに誘ったのは貴様だ」
 口々に叫ぶと、畳の上に仰向けに押さえつけ、腿を覆う絹の跨下を力任せに引きちぎった。
「――っ!」
「先輩方どうか――っぐ!」
「やかましい!」
 飛び起きようとした館林は頭を掴まれ、柱へ強かに打ち付けられた。
 興奮した数名は千家の手足の自由を奪い、下帯に手を掛ける。
 それまで不興気にしていたIは、下卑た笑みを浮かべてそれを見守っている。
「・・・お手を煩わさずとも、自分で脱ぎますものを。」
 両腕を頭の上に押さえ込まれてなお、挑発を含んだ目で見上げ、千家は気だるげに笑った。
 その顔に向かって、彼を囲む一人が無言で腕を振り上げたとき。
「貴様ら、何をやっている!」
 襖が開き、教官が入ってきた。
 反射的に先輩将校たちは千家から離れ、直立不動の姿勢をとる。
「本日は勉強会をしていると聞いて様子を見に来たら、この有様はどういうことだ。なぜ千家はそのような格好でいる。I、説明をせよ。」
「はいっ。・・・勉強会終了ののち、親睦のため宴を催しておりました。新参の千家が余興をしたいと申し出ましたため、許したところ、酒が過ぎたのか突然軍服を脱ぎ始め、慌ててやめさせようとしていたところであります。」
 Iは顔色一つ変えず、白々しくも虚言を流暢に語って見せた。
「やめさせるに、数名がかりで押さえつける必要があるのか。貴様ら各々、新参の千家ひとりも抑えられぬのか。」
「はいっ。館林も千家に与して抵抗したため、新参とはいえ身体能力の秀でる二名を速やかに処分するためであります。」
「なるほど。しかし、貴様。それから貴様もだ。」
 教官は千家を囲む数名を指さした。
「千家の下帯を掴んでいたな。脱ぐのをやめさせると言ったが、それでは逆ではないか。」
「はい・・・っ、・・・千家が暴れたため、・・・つい、どこそことなく掴んでしまいました。」
 急に現れた教官を目の前に青ざめた先輩たちは、目を白黒させながら震える声で答える。
 教官は溜息をつき、髪を乱し下帯一枚で立ち尽くす千家と、柱の横に倒れて呻く館林を見遣った。
「もういい。・・・千家。」
「はい。」
「速やかに着衣せよ。」
「・・・了解であります。」
 千家が軍服を着終わると、教官は指導をするからと言って新参二人を別室に呼んだ。
 彼は宴の間で行われていたことが先輩将校からの嫌がらせであると見抜いており、今後このようなことはまた繰り返されると思うが、その場合は上手く言い訳などして逃げるように、と言い含めた。
 翌日、この宴に参加した者は全員、5日間の謹慎を言い渡されたのであった。

* * * * *

「あれ以来、軍靴が苦手でな。上官の靴磨きを命じられそうになると、それとなくその場から逃げていたものだ。まぁとはいえ、あのときの先輩将校の大半はいま私よりもずっと下の階級に居るから、気が向いたときに仕返しをしてやっているが。・・・しかしそれを聞いてなぜお前が怒るのだ。」
「なぜって・・・、じゃあ貴方はどうなんです?私が意地悪な先輩諸氏に無理矢理膚を曝されたとしたら。」
「その場にいた人間は皆、生きては帰れまいな。」
「ほら。」
「おいおい。」
(館林、苦笑。)
「・・・ふん。」
(京一郎、腰に回されたままの千家の腕に、そっと己の手を添える。)
「ふふ。・・・想像して怒らないでくださいよ、ねぇ、千家中将。」
「京一郎・・・」
(千家、不興げに口を曲げる。)
「駄目ですよ伊織。ここに居るときは、柊と呼ぶ約束でしょう。」
(京一郎、掠れた声で囁きながら千家の唇を指先で撫でる。その手首を掴んで含み笑いする千家。)
(館林、咳払い。)
「そういえば教官殿がいらした後、貴様が着衣のため服を拾ったら、身体を押さえつけられたときに脱げた靴下が見つからなかったのだったな。」
「跨下は破られて無くなったし、どうせ大方、あの場にいた誰かがせめてもの嫌がらせとして捨てたのだろう。」
「ん、貴様、知らなかったのか。あれは捨てたのではない、盗んだのだ。」
「・・・そのような話は聞いていない。」
「いったい誰が盗んだんです?」
(京一郎の瞳、険を帯びる。)
「その場にいた先輩将校だ。あのときの貴様はあまりにも美しかったからな。つい出来心で、と白状していた。」
「やれやれ。気味の悪いことだ。」
(うんざりしたように溜息を吐く千家。)
「館林大佐殿はその話を盗んだ本人から聞かれたのですか?」
「聞いたというか、あの場には異様な目で千家を見ていた人間が何人もいたからな。後で式神を使って片端から問い詰めたら、二名が吐いた。」
(館林、誇らしげ。)
「で、その靴下は?」
「もちろん取り上げた。二度と千家に近付くなと念を押してな(式神が)。」
「私には返ってきていないぞ。」
「あぁ、そう言えばそうだったな。」
「・・・・・・大佐殿。その靴下はいま。」
(京一郎、真顔。)
「うむ。ここにあるぞ。ほら。」
(館林、軍服の内ポケットから、ところどころが破れた靴下を取り出す。)
(千家、青ざめる。)
「・・・・・・それをなぜいま卿が持っているのだ。」
「それは、あれから肌身離さず持っていたからな。」
(館林、朗らかに笑う。)
「・・・・・・館林大佐。お覚悟召されよ。」
(京一郎、背より殺意を立ち昇らせ、ゆらりと立ち上がる・・・・・・。)

* * * * *

「最近うちの上官が、『このところ千家は私を汚らわしいものを見るような目で見てくるし、柊といえば私が千家に声を掛けようとすると鬼のような顔で立ちはだかって邪魔してくる。なぜだ。』とか言って憂鬱に溜息ばかりついているから、いちいち苛々して仕方ありません。(怒)」
「あー・・・。なんか想像できちまったぜ・・・。軍人も、いろいろ大変なんだな。」
「何事も諦めが肝心ですぞ、伊勢殿!ささ、サイダァでも飲んで元気を出されよ!」

  ・・・その日京一郎は、館林の内ポッケでちょっと温かくなってた千家の靴下をおうちに持って帰って、庭で燃した。


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