One more time, One more chance 番外編 オマケ



 少しの間言い淀んでから、京一郎は意を決して口を開いた。
「・・・知りませんでした。貴方が、ロリコン趣味だとは。」
「何故そうなる。」
 面白そうに首を傾げる千家に憎らしさが募り、じとりとした目で冷たく見遣る。
「私が渋谷で店員に捕まっていた時、随分妹との距離が近かったようですが。 疾しいところがないと、言えるんですか。」
 京一郎はソフトクリームを片方スタンドに立て、もう片方を大口で舐めた。それを眺めていた千家は小さく吹き出す。
「やはり、妬いていたのだな。」
「そういう話をしてるんじゃありません。私の言ってること、分かってます?貴方。」
「あの程度でどうこう言われても。寧ろお前の方こそ、シスコンなのではないのか。」
 鼻で笑われて、それまでは辛うじて澄まし顔でいた京一郎の頬が引きつる。
「あのですね、伊織。妹と仲良くしてくれるのは、私も嬉しいですよ?でも保つべき距離というものがあるでしょう。」
「ではどの程度までなら、愛しの妹へ近づくことをお許しになるのだ、お兄さまは。」
「一般常識の範囲内でお願いしたいですね。」
「常識と言っても人により千差万別だ。お前の言う常識とやらを具体的にお教え願おう。」
 頬杖を付いた顔を小さく傾げ、千家は意地悪く目を細める。京一郎は言葉に詰まり、ソフトクリームを舐めた。
「さぁ、どうなのだ。京一郎お兄さま?」
「だからそれは・・・、だから、妹と私は、違うってことです。同じじゃないんです。」
「言いたいことが分からんな。詰まる所、お前は何が気に食わなかったのだ。」
「~~っ・・・だからあのとき、貴方は、・・・櫻子の、耳に・・・触れんばかりの、近さで・・・」
 思い出すだけで背から頭へ血が急に登っていくような気になる。あのとき、まるでキスをしているのかと思うほど、千家の唇は櫻子の膚に近付いていた。
 少し離れてみると、櫻子は京一郎の知るよりも成長していて、小さかった脚はすらりと伸び、骨張っていた肩は僅かに丸みを帯びて、僅かながらも女性的な雰囲気を醸し出していた。妹は、少女というより女に近いものに見えたのだ。
 自分に最も近かったはずの守るべき小さな存在が、自分の手から離れて他を魅了する何かになってしまいつつある。
 そのとき、京一郎の脳裏によぎったのは、軽い嫉妬、その魅力が己には生来存在しないことへの小さな絶望、そしてそれらが過去に経験した感情の再来であるような不快感だった。
「ふぅん?」
 こちらの憤懣をよそに、白々しく薄笑みを湛える唇を京一郎は睨み付ける。
 己以外の人間に近付いた。あの唇の触れるのは、京一郎の他にあってはならないのに。
「・・・あぁ、成る程な。」
 相変わらず小首を傾げて京一郎を観察していた千家は、得心したように笑みを深めた。
「お前がご立腹なのは、妹のためではないということ、か。」
 低く甘い声に、微かに湿度が宿る。
「何を、言ってるんです?妹のためですよ。」
 京一郎は紅い瞳から目を逸らした。
(・・・何を今更。この人は本当に、私の気持ちが分かっていなかったんだろうか。)
 気軽なつもりの触れ合いが、どのように拗れて恋愛へ発展するか分からない。
 京一郎は女ではない。しかし櫻子は、女なのだ。
 もし今千家と暮らしているのが櫻子であったなら、両親は決して許さないだろう。しかし、お互い真に愛し合っているのであれば、いつかは心から祝福するようになるのだと思う。
 だが、千家といるのは京一郎なのだ。今回妹が実家に戻り、千家が男性であることを告げたら、両親はきっと安心することだろう。しかしこの状態が続けば、じきに不審がるようになるに違いない。二人の真の関係を打ち明けたとき、彼らが心から祝福してくれる保証はない。特に、京一郎は田舎の長男であるから・・・。
「私が妹に口付けるとでも思ったか。」
 あやすような千家の声に、不貞腐れて呟く。
「・・・キスなら、したじゃないですか、貴方。・・・手に・・・」
「そうか、あれも、まずかったのだな。」
「当然でしょう?しませんよあんなこと、普通。」
 きっと睨み付けると、千家は笑った。嬉しそうに、まるで、花が綻ぶように。
「どうして笑うんです・・・ちょっと、何ですか!」
 千家は京一郎の腕に触れ、首を伸ばす。
 逃げようとする肩を掴まれ、腕を引いた拍子にソフトクリームが頬を掠めた。
「じっとしていろ。」
 思わず目を瞑ると、暖かく湿った感触が触れた。
「こういうことは、お前にしかしない。」
 クリームの付いた頬を舐めたのだと、一瞬遅れて理解した。ぱっと顔が赤らむのを感じた。
「妹のときは、しなかっただろう?」
 違うか、と訊く声は、甘く、優しい。
「当然、です。」
 絆されそうになるのをぐっと堪え、京一郎はそっぽを向いて口を尖らした。
「そうだな。」
 くすくすと笑い、お前の肉親だからつい近く感じてしまったのだ、と千家は囁いた。
「そして、お前は、お前しかいない。」
 言いながら頬を指の背で撫ぜる。
 蕩けるような微笑みに、京一郎の胸はじわりと熱くなる。
「・・・私で、いいんですか。」
「愚問だと言えば、満足か。」
「だけど私は、・・・女性・・・じゃ、ないんですよ・・・?」
「今更、だろう。」
 自信なさげに見上げる京一郎に、千家は微笑んだ。
「なぁ、お前は私がどうしたら、気が済むのだ。」
「ぇ・・・」
 熱い眼差しがすっと細められる。
「何だって叶えてやる。言ってみろ。」
 まるでベッドの中で触れ合っている時のような声音。
 落ち着きなく周りを見回し、一度口を開きかけて、京一郎は俯く。
「さぁ、京一郎。どうしてほしい?」
 柔らかな声に促され、千家の腕にそっと触れる。
「私から、決して離れないと約束するなら・・・」
 紅い瞳を見詰め、掠れた声で囁く。
「キス、して。伊織。」
 躊躇いなく京一郎の顎を上向かせて唇を重ね、千家は呟いた。
「・・・幾久しく。」

<了>   
  これはもう結婚式やるしかないか!
  

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