澄んで、青く。花薫る。  11


「乙若!」
 大声と共に教室の引き戸が乱暴に開き、乙若の指摘に茫然としていた京一郎は我に帰った。
 学ラン姿の二人組が、ずかずかと教室へ入ってくる。
「あれ、時雨さんに臣さんだ。人の学校で何してんのさ」
 乙若が親しげに声を掛ける。どうやら二人は乙若の知り合いらしい。
「相変わらず生意気なヤツ。折角先輩が顔見に来てやったってのに」
 肩にかかる髪の毛を後ろで縛った、キラキラした瞳の青年が、乙若の頭をグリグリと撫でる。
「ですぞー。乙若、久しぶりの再会にもっと感動したらどうなんだ。」
 やたらガタイの良い髭面の青年が、乙若のコメカミを両側からグリグリと締める。
「痛い!痛いから!二人とも馬鹿力やめて!!」
 悲鳴をあげる乙若。いつも冷静で大人っぽい彼にも、頭の上がらない相手がいるようだ。京一郎は思わず噴き出してしまった。
「おや、乙若のお友達さんですかな?」
「あ、はい。外部入学生の、柊京一郎です。」
 自己紹介すると、髭面の青年は嬉しそうに微笑んだ。
「これはこれは。いつも乙若がお世話になってます。某、冠那木高等専門学校4年の、臣 五本(イツモト)と申します。乙若は、中学時代の後輩でしてな。」
「俺は、統涼(トウリョウ) 時雨。同じく冠那木高専2年だ。よろしくな、京一郎!」
 髪を縛った青年は、人懐こくニカっと笑う。
「ちょ、時雨さん、初対面から呼び捨てとか引くじゃん。ごめんね、柊くん。」
 乙若が申し訳なさそうに謝ってくる。
「いーのいーの。初めに畏まってると、打ち解けるのに時間かかんだから。お前も俺の事シグレって呼んでいーからな、京一郎!」
 明るい人たちだ。
「はぁ・・・。それで?先輩方は今日はなんでまた帝学に?」
「練習試合だよ。お前も入るんだろ、サッカー部。」
 時雨が、抱えていたサッカーボールを蹴り上げる。
「入んないよ。俺は新聞部だもん。」
 臣に向けて、ボールを蹴り返す乙若。
「それは聞いてないですぞ!」
 臣はヘディングで京一郎へとボールを回す。
 サッカーが得意ではない京一郎は、うっかりボールを手で受けてしまう。
「はいハンドー。ってか何だよお前、中学の頃は結構ハマってたのに。もう飽きたの?」
「飽きたってわけじゃないけど、自分の可能性をいろいろ試したいんだよ。冠那木高専みたいに、将来の方向性がはっきりしてる学校じゃないからね、ここは。」
 また、将来の話。前に、千家から研究に向いているかもと言われた時は深く考えようと思わなかった京一郎だが、ここにいる3人は将来を意識しているようだ。
「あの、お二人はもう将来の夢とか進路とか、決めてるんですか?」
 恐る恐る聞いてみる。
「某はもう4年ですからなぁ。高専に居れるのもあと2年。大学へ編入することもできますが、就職しようかと思っとります。」
「就職?!」
 乙若が狙っていた程の学校だから、進学が当然だと思っていた京一郎は、頓狂な声を出してしまった。
 それに、4年ということは、普通の高校卒だと考えると既に大学生でもおかしくない年齢。・・・どおりで臣は少し老けているわけだ。
「臣はな、インターンシップに行く先々で気に入られて、もう5社から卒業後の入社オファーが来てるんだぜ。すごいだろ!」
 時雨が誇らしげに言う。
「すごいです!」
「なんの。この時雨くんこそ、独創性が彫刻家のお偉いさんに高く評価されていて、仏師になるか建物装飾専門で行くか迷ってるとこですぞ。未来の芸術家これにあり!」
「すごいです!」
「へぇ。臣さんのは知ってたけど、時雨さんもやるじゃん。」
 乙若も目を丸くして賞賛するが、忘れずに付け足す。
「てかさぁ、身内自慢はそれくらいにして、そろそろ部活行きなよ。」
「やっべ!」
「主将、しっかりしてくだされよ。ではではお二人共、また近々お会いしましょう。」
「京一郎、今度サッカー教えてやるよ!じゃな!」
 嵐のように去って行く学ラン二人組であった。
  次回、京一郎、勇気を出すの巻。

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