澄んで、青く。花薫る。 19
中等部校舎と高等部校舎は、特定の階の渡り廊下で繋がっている。
放課後、教員に頼まれた京一郎が、二つの校舎を繋ぐ廊下付近の掲示板に掲示物を貼りに行くと、廊下の真ん中に中等部生の少年が蹲っていた。
よく見ると、彼の周りには沢山の紙が散らばっており、少年は泣きべそをかきながらそれらを拾い集めているのだった。
京一郎は声を掛けようか迷ったが、泣いていることを知られたくはないだろうと思い、無言で彼の隣にしゃがみ、紙を拾うのを手伝う。
少年が、はっとして振り向いた。
「はい、どうぞ・・・って、あ・・・」
拾った分の書類を差し出して、京一郎も固まる。
蹲っていた少年は、以前館林に呼び出された際、生徒会室にいた双子の片方だった。眼帯に見覚えがある。
「・・・・・・」
相手もなんとなくこちらに気付いたようだが、一言も発さない。
京一郎とて、特に言うべきことはないので、引き続き散らばる紙を無言で集めた。
「もう終わりかな。じゃあ、僕はこれで。」
落ちている紙はなくなったようなので、京一郎は高等部校舎へ戻ろうと立ち上がった。
「あ・・・」
少年が何か言いたそうに、京一郎の方をちらちらと見ている。
「・・・どうかした?」
促すと、少年は言いづらそうにぼそぼそと呟いた。
「・・・泣いてたの、見てたんでしょう?」
ああ、それか。
「ん?そうだった?」
とぼけてみる。
「知らないふりしたって、分かってるんだ。アンタだって、どうせバカにしてるんだろ。」
少年はまた泣きそうになりながら、睨みつけてくる。
「何で?そもそも僕は君のことよく知らないし・・・」
「え・・・」
さも意外だ、という反応。
もとより情報に疎い方だというのに、このところ乙若と一緒にいることも激減したため、何か変わったことがあっても、知るのは人より少し遅い京一郎である。
彼について、からかえるような出来事があったのだろうか。
「アンタも、僕と兄様のこと冷やかしに来たんじゃないの・・・?」
「君の、・・・あ、双子の?何かあったの?」
彼の言わんとすることが掴めず、首を傾げる。少年は眼帯に隠れていない方の目を丸くして、京一郎をまじまじと見つめた。
「僕が薫だって、・・・知ってる?」
恐る恐る、聞いてくる。
「薫くんって言うんだね。知らなかった。僕は柊京一郎だけど、君は知ってた・・・のかな?」
薫は頷く。
「伊勢薫だよ。兄様は馨っていうんだ。柊先輩、拾ってくれてありがとう。」
彼は初めて屈託のない笑顔を見せ、駆け出した。折角拾い集めた書類のうちの数枚が、また風圧でひらりと落ちる。
「あ、気をつけて」
再び、拾って渡す。
「ありがとっ またね!」
嬉しそうに微笑んで、薫は去っていった。一度警戒を解くと、案外人懐こい性格なのかもしれない。
ーーそれよりも。
最後に拾った数枚の書類。
ちらりとしか見えなかったが、スメラギと記した印が二箇所見えた。
そして、"近日、副会長2名で対応"の文字も。
不安が募る。
副会長"2名"で、ということは伊織も関わるということだ。表立った副会長としての行動は、主に館林が行っているようだから、恐らくはまた"あのこと"に関係する事案なのだろう。
(伊織先輩が、また怪我させられるかもしれない)
考えるとぞっとした。
やっと想いが通じ合ったばかりなのに。
彼にこれ以上犠牲を強いないため、なんとかしたいと思っているのに。
まだ解決策も、対応策すら何も無い状態で、次の暴力が彼を脅かす。
初めて伊織を見たときは、いじめられていると思い、心を痛めた。
しかし今、彼は彼なりに現状を受け入れていることを知ってなお、伊織が傷つくことに京一郎の胸は締め付けられる。
もはや伊織の痛みはむしろ自分自身の痛み。たとえ彼が平気だと言っても、京一郎の心は傷つくのだ。
「・・・京一郎」
後ろから、声。
振り向くと、乙若が立っていた。こうして顔を合わせるのも久しぶりだ。
「これから、時間ある?時雨さんたちが会いたいらしいんだけど・・・」
彼は、ぎこちない声でそう言った。