澄んで、青く。花薫る。  20


 学園から少し離れた繁華街の一角にあるファミリーレストランで、時雨と臣は待っていた。
「遅かったな、待ちくたびれたぜ」
「ねえ、何度も聞くけど、京一郎に何の用なのさ。」
 不信感を露わに、乙若が詰め寄る。
「これは、本当に、・・・乙若の予想が当たってしまったようですなぁ。」
 困った表情で腕を組む臣。
「お久しぶりです、お二人とも。何かあったんですか?」
 尋ねると、時雨は不快を隠さず京一郎をじろりと見やる。
「どうもこうも、お前、乙若見ておかしいと思わないか?」
「・・・話すの、久し振りなので・・・」
「そーゆーわけか。成る程な。じゃ、これ。」
 溜息を吐いて、一枚の封筒を渡してきた。
「これは・・・?」
「今日以降、お前に渡してくれって、乙若から頼まれてたんだよ。」
 乙若を見ると、本人も変な顔をしている。
「それかぁ・・・確かにね。時雨さんに渡したよ、その手紙。でもさぁ、何を 書いたかよく覚えてないんだよなー。・・・開けてみてくれる?」
 促されて、封を切る。
 中には便箋が2枚。書かれたのは、乙若が急に席替えをした数日前のようだ。
 便箋には、乙若が席替えをする直前に言っていた"実験"についての計画が記されていた。
 内容を要約すると、こうなる。

・実験の目的は2つ。伊織の怪我の件と養護教諭のスメラギにどの程度関連があるのかを調べること、そして京一郎又は乙若自身が伊織の怪我に関する無関心を解くキーパーソンになっているか調べること。
・実験中、乙若は京一郎と席を離し、会話の機会を減らすことで、互いの影響を受けにくくする。
・乙若は、新しい学校環境に慣れず鬱気味であるとして保健室へ通い、スメラギ教諭へ頻繁に接触する。
・スメラギの元に通うのは1週間を限度とし、それを過ぎてから京一郎と再び接触する。
・乙若がスメラギ或いは何らかの要因により、伊織の怪我に無関心になった場合、京一郎以外の要因が状況を解く可能性を考慮し、京一郎と再度接触するのはスメラギの元に通うのをやめてから5日後とする。
・乙若と離れることにより京一郎に上記の状況が発生した場合も、保健室へ通うのを止めてから乙若が接触することにより状況は解消されると推測する。
・万一何かの要因により、自ら実験を中断しないよう、実験開始から12日経過以降、時雨から乙若に、京一郎への接触を促してもらう。
・この手紙は実験開始から12日経過以降、確実に京一郎に読んでもらうため、時雨から渡してもらう。

 あまりに具体的な計画に、一堂は押し黙った。手紙を記したはずの乙若も、複雑そうな顔をしている。
 沈黙を破ったのは、臣。
「某も、乙若からお願いをされておりますぞ。」
「え、俺、臣さんにも何か頼んだっけ?」
「えーと。質問ひとつめ。これは、まず柊くんに対してですな。」
 携帯の画面を見ながら、読み上げる。
「千家さんの怪我について、どう思いますか。」
「一刻も早く、伊織先輩があんなことにならないようにしたいです。」
「ふむ。伊織先輩、というのは、この千家さん、という奴と同一だな?ということは、京一郎、お前はその先輩が怪我してることについては、乙若の近くに居ようが居まいが、ずっと意識している、ということだな?」
「はい。」
 臣と時雨は、顔を見合わせて、頷き合う。
「ではここからは、乙若への質問。実験の成果はありましたか。」
「えー・・・?確かに俺が保健室に通い始めたのは、京一郎が急に冷たくなったからだけど。風紀委員長の千家さんのことは、無関心とか言われても、そもそもなんで特定の生徒に関心を持たなきゃいけないかな、とか最近は思う。」
 京一郎は絶句した。時雨と臣も、以前伊織を見かけた際に、乙若から不審なことが起こっているという話を聞いていたので、眉を顰める。
「僕は、冷たくなんてした覚えないんだけど・・・」
「むむむ。・・・次の質問をしてみよう。スメラギ先生について、どう思いますか。」
「美人なのか?」
 横から口を出す時雨を一瞥して、乙若は少し得意げに言う。
「そりゃあ校内一の人気教諭だからね。しかもすごく優しい。あの人のお陰で、俺は窮地を脱した。正直最初は好みじゃないと思ってたけど、まぁ、悪くない。保健室もアロマかなんか焚いてて病室っぽくないし、すごく居心地がいいよ。用がなくても通いたくなる気持ちは分かるね。」
 ぺらぺらと話す乙若は、何かに陶酔しているようにも見える。
「用がないのに、保健室によく来る人がいるのかい?」
「大抵、特段の用がない連中の溜まり場だよ、あそこは。みんなスメラギ先生と話したいんだ。」
「そんなにイイなら、俺も行きてー!」
 時雨が目を輝かす。
「残念。他校生はお呼びじゃないよ。」
「ちぇっ」
「最後の質問ですぞ。この5日間、スメラギ先生のところには行きましたか?」
「行った。」
「え、でも計画だと7日過ぎたらスメラギ先生との接触はやめるはずじゃなかった?」
 京一郎が不安になりながら聞くと、乙若は少し面倒臭そうに言った。
「計画はあくまで計画でしょ。いいじゃん別に。」
 またしても、絶句。
 これは本当に乙若なのだろうか。実験以前の彼なら、まずこんな発言はしなかっただろう。果たして、スメラギ教諭から何らかの影響を受けたと考えて、間違いなさそうだ。
「わかった乙若。お前の行動にとやかく言う俺たちじゃない。だな、京一郎。」
 時雨の目配せを受け、京一郎は渋々頷く。
「じゃ、今日は解散だ。臣、乙若と先に帰ってくれ。京一郎は、サッカーのルールを教えてやる約束だったから、このまま夕飯食べてこーぜ。」
 そんな約束した憶えはないものの、乙若の変わりように混乱していた京一郎は、時雨に従うことにした。
「また、学校で。」
「・・・うん」
 相変わらず、京一郎に対しても煮え切らない態度の乙若は、臣に促されて去っていった。

「さてと。」
 チキンカツとハンバーグのセットをご飯大盛りで注文した時雨は、深刻な顔で切り出した。
「流石にお前も変だと思っただろ?あいつは昔から、いつだってどっか冷めてて、特に大勢には反発したがるところがあったんだ。だから、今みたいに人気教師に溺れるなんてこと、考えられないんだよ。」
 ネギトロ丼味噌汁セットを頼み、京一郎も深く頷く。
「僕もそう思います。第一、彼はもともとスメラギ先生を怪しい、と言っていたんです。時雨さんたちももう知ってると思いますが、僕らの先輩の一人が、頻繁に派手な怪我をするんです。しかも彼は、結構学園では有名なのに、彼の怪我を不審がる人がほとんどいない。もちろん、誰も怪我の理由を知らない。それでいろいろ調べていくうちに、乙若はスメラギ先生が何らかの関わりを持つのではないかと考えたようです。」
「うん。で、問題はここからだ。乙若のやつ、その教師から受ける影響を、自分で測ろうとしたんだな。で、まんまと毒されちまった。」
 時雨は溜息を吐き、ドリンクバーで取ってきたサイダーを飲み干した。
「そう考えるしかないですよね。乙若は当初、彼か僕がその影響を緩和する可能性を考えていたみたいだけど、今日の様子だと、今後ちゃんと話せるかも不安です。彼の言い分と逆で、むしろ今はあっちが急に冷たくなった、っていうか・・・」
 唇を噛む京一郎。
「しょんぼりすんなって!あいつの予想じゃ、お前に関わることが毒抜きになるってんだろ。これまで通りの友達に戻りたい、って思ってるなら、ここは少しだけ堪えてあいつに構ってやってくれよ。頼む。」
 時雨はにかっと笑って手を合わせた。彼の笑顔は元気をくれる。京一郎もつられて表情を和らげた。

「ところで、だ。」
 時雨は身を乗り出す。
「件の先輩、ってのはあれだろ、長身長髪の美人の男。お前、ぶっちゃけあいつとどういう関係なんだ?」
「え・・・っ」
 突然の質問に、戸惑う。
「どういう・・・って・・・」
「だからぁ、本人とはいつでも連絡取れるくらい親しいのか、ってことだよ。俺はずっと気になってたんだけど、怪我の理由くらいなら、本人に聞けば一発で分かる事じゃないか。みんなが無関心なことについたって、何らかの情報を引き出せるかもしれない。」
 なんだ、そういうことか。伊織とのことについて何か知られているのかと焦ったが、杞憂のようだ。
「あ、はい。そうですね。」
「連絡取れるんなら、頻繁に会って少しでも情報を引き出してみてくれよ?これは俺の勘だけど、お前はその千家って奴を助けてやれる気がするんだ。」
 自分が伊織を助ける、とまでは考えたことがなかったから、少し、驚いた。確かにどこか諦念に囚われている彼は、もしかしたら誰かが状況を変えるのを待っているのかもしれない。もちろん、当の本人にそんなつもりはないだろうが。
「・・・ありがとうございます。」
「おいおい京一郎、違うだろ。そういう時は、俺に任せろ!って胸を叩くもんだぜ。」
 やってみろと促され、京一郎ははにかみながらも胸を叩いて見せたのだった。
  次回、デート編デス。今回が後に影響を及ぼさないか不安~♪(;ω;)

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