澄んで、青く。花薫る。  2


 それから3日、館林や他の生徒会役員を学校内外で見かけることは無かったし、帰り道の路地から不穏な様子を感じることも無かった。
 それとなく乙若に、学園でのいじめについて噂などないか聞いてみたが、噂大好き情報通の彼も、この学校に限っては聞いたことがないと言っていた。

 あれは、何かの見間違いだったのだろうか。新しい学校での初めての試験に疲れた頭が生み出した、質の悪い幻想だったのだろうか・・・。
 そう思い始めた矢先の帰り路、例の路地を通りかかると、以前よりも柄の悪い声が聞こえてきた。

「どうしても、納得いかねぇんだよっ!」
「お前に直接の恨みはねぇけどな、あれで何とかしてくれって言われてハイハイという訳にはいかねぇ。・・・俺らの気が済むまで殴られろや!」

 こっそり覗いて、心臓が跳ねた。複数名の他校生徒に囲まれているのは、やはり先日の長髪の先輩。しかし今日は、生徒会役員はいないようだ。
 怒気むき出しの不良のような他校生を横目で見やり、彼は涼しげな声で不敵に返した。
「成程、殴り足りない、ね。しかし、取決めどおり手続は行われ、本件に関してはすでに解決済みだ。これ以上私に構ってほしいとなると、非公式に、ということになるが、それでいいのかな?」
「公式だろうが非公式だろうが、俺らは納得行ってねぇっつってんだよ!死ねぇっ!」
 喚きながら、数名の不良が先輩へ突進した。
 と、一瞬早く、先輩は腰から引き抜いた棒のようなものをひと薙ぎする。かかってきた不良たちは一様に腹を押さえて蹲った。初め、棒を持っているようには見えなかったから、恐らくは特殊警棒のようなものを使ったのだろう。京一郎は驚いて目を瞠る。
「ヤロウ、武器を使ったな。・・・ホントに死んでもいいんだな!」
 凄んでいるのか悲鳴を上げているのか分からないような大声とともに、残りの不良生徒が再び襲いかかる。今度は、それぞれ手にカッターや石などを持って。

(どうしよ、どうしよう・・・ 今度こそ助けなきゃ・・・ でも・・・・・・)
 京一郎は逡巡する。中学から始めた剣道は、県内では悪くない成績だったが、もちろん喧嘩に使った事などない。ましてや、今は竹刀も木刀も持ち合わせていない。試合の場でもないから、不良の暴行を辛うじて避けることはできるかもしれないが、先輩を助ける自信などかけらもなかった。
(それに、なんか先輩、実は強いみたいだし・・・ 大丈夫、だよ、ね・・・)
 建物の陰で二の足を踏む京一郎に気付く様子もなく、先輩は安定した強さで不良たちを倒していった。
 相手が明らかに怯んでいると分かっていても叩きのめす。鼻血を垂らしながら起き上る不良生徒の頭を、無言で踏みつける。
 表情は涼しげなまま、まるで敵を蹂躙するその動作は落ち着いて無駄がなく優雅ですらあり、それがかえって彼の無慈悲さを際立たせている。
 先日は抵抗もせずに暴行を受けるだけだったあの男子生徒と、目の前の流麗な猛者が同一人物であるとは思えなかった。

 ひとしきり不良を打ちのめした彼は、その場を去るつもりか、静かに制服の埃を払った。
 と、蹲っているかに見えた不良の一人がやおら立ち上がり、下からカッターを突き出してきた。
 動じることもなく身体を捻り、相手の腹を蹴りあげる。その淀みのなさに、京一郎は一抹の恐怖すら感じ始めていた。・・・が、
「あっ!!」
 思わず声が出てしまった。
 前からカッターで襲いかかった男の他にもう一人、同時に立ちあがった不良が、先輩の後ろからバットのようなもので殴りかかったのだ。手前の敵に気を取られ一瞬動作が遅れた先輩は、そのまま蹴った不良の上に倒れ込んだ。
「死っねええええ!!!!!」
「わああああああ」
 京一郎は、もう一撃振り降ろそうとする不良に、何も考えず飛びかかった。相手は大声を上げて急に出てきた自分に一瞬怯む。その隙を逃さず、両手を組んでその腹を強打した。
「ぐっ・・・」
 既に何度か打ち据えられたダメージも蓄積していたのか、不良は呻きながら気を失ったようだった。
「先輩っ!」
 急いで駆け寄る。殴られた後頭部が腫れているようだが、出血はないようだ。肩を揺らしてみても、意識を失っているようで目が開かない。
 恐る恐る手首の脈を見てみる。自分の脈か相手の脈かよくわからない。顔に耳を近づけると、微かに息をしているのが分かり、ほっとした。
「どうしたらいいんだろう・・・」
 病院へ連れていくべきか。そこまででもないのか。連れて行ったところで、先輩の名前も知らないし、保険証も持っているか分からない。
 途方に暮れたが、幸いここから数分の距離に下宿しているマンションがあることを思い出し、京一郎は長身の先輩を背負って自宅へと向かった。
  そこは病院へ行こうよ。

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