澄んで、青く。花薫る。  21


 あと少し。向こうのコンビニの角を曲がったら、待ち合わせ場所の映画館があるはず。
 電車が駅に着くと改札を飛び出して、京一郎は走った。

 どうしても服装が決まらず、脱いだり着たりしているうちに、家を出る予定の時間を過ぎてしまった。
 それに今日は、このところ話題にしていなかった"あのこと"についても、もう行かないで欲しいとはっきり伝えることにした。どのように話を持っていこうか、気づくとぼんやり考え込んでしまっていて、それも出発を遅らせた原因だ。

 息を切らして建物に駆け込むと、入ってすぐの壁にもたれて、伊織は文庫本を読んでいた。
 京一郎に気付くと、本を閉じて微笑む。
 元より品のある所作に加え、手足の長さが一挙動の優雅さを際立たせ、今更ながら見惚れる。
「そんなに走ってこなくても良かったのに。」
「っでもっ、もうっ、はじまっ・・・」
「次の回にしよう。少し早いが、昼を先にすればいい。」
 初めてのデートに遅刻して、予定が狂ってしまったのに、こんなに優しくされていいのだろうか。今朝、もっと早く起きるべきだった。或いは、昨日のうちに着る服くらい決めておけば良かったのに。
「行こうか、京一郎。」
 長い手が肩に回る。
「あ、伊織先輩あの、」
「ん?」
 すらりと背の高い彼を見上げる。ちゃんと言っておかないと気が済まない。
「・・・待たせてしまって、すみませんでした。」
 紅い目が細められ、肩に触れていた手が降りてきて、腰に巻き付いた。身体が密着する。肌触りの良い髪の毛が、さらさらと首にかかる。
「!っ先輩ーー」
「キスしたい」
 囁く声が、熱い。
「・・・こんなとこじゃだめです・・・」
「なら、どこだったらいい?」
 伊織の腕は京一郎の身体を離さない。
 この不自然窮まりない接触を、道行く人々に見られないかと、京一郎は気が気でない。
「もうっ、とにかく離れてくださいって!」
 小声で叫びながら押し返す。
「厭だ。」
 伊織は放してくれない。切符売り場の店員が、ちらりとこちらを見たような気がする。
「もう、分かりましたから!人が見てないとこでだったらいいですから!」
「ふぅん。」
 やっと放してくれた。急に温もりが離れて、少し寂しい。
 しかし、これ以上ここに留まっていたくないので、人の悪い笑みを浮かべる伊織の腕を引っ張って外に連れ出した。

「この駅に来るのは初めてなんですけど、お昼食べられるとこ、先輩知ってます?」
「特には。だが、そこらにいくらでも店はあるから、食べたいものがあるところにしたらいい。」
 伊織は簡単に言うけれど、小洒落た店ばかりが立ち並ぶこの辺りに、高校生が気軽に入れるような雰囲気の店があるのだろうか。
 歩きながらきょろきょろ見回すと、見覚えのある看板が目に飛び込んできた。
「あ、ケローチェ!東京にもあるんだー!」
「お前の地元にもあるのか?」
「そりゃあ。でも東京にあるなんて!伊織先輩、サンドウィッチにしましょうよ。ここなら僕でも入れるし。」
 知っているカフェを見つけて、京一郎のテンションは上がる。しかし、
「・・・折角出かけて、全国チェーンの喫茶店か。」
 伊織の対照的な反応と、その言葉に少しショックを受ける。
「え、ケローチェってチェーンなんですか・・・」
「言わずと知れた、な。」
 地元では、ちょっとオシャレなカフェだと思っていたのに、ただのチェーンだったとは・・・。
 しょんぼりする京一郎に構わず、伊織はのんびり聞いてくる。
「お前は洋食と和食ならどちらが好みだ?」
「・・・和食ですけど・・・」
「なら、ここにしよう。」
 指差した先は、黒をベースとした外観のスタイリッシュなカフェ。遠目には高級雑貨店か何かかと思っていたが、よく見ると入り口にはメニューが飾ってある。
 ランチは、メイン料理を選ぶとおまかせの和惣菜が3つ付いてくるようだ。 メニューを見て少し上がった気持ちも、しかし金額を見てまた凹む。
「いいと思いますけど、ここ高いから・・・」
「私が出すから、気にしなくていい」
「ダメですそんなのーー」
 反論する間も無く、伊織はさっさと店に入ってしまう。
「あ、伊織先輩ってば!」
 伊織の横で、店員の女性が笑顔で手招きしている。京一郎は意を決して、洒落た店内に足を踏み入れた。

 案内されたのは、窓際のボックス席。向かい合わせに座る。
 そういえば、私服姿の伊織を見るのは初めてだ。今日は黒のコットンジャケットにVネックシャツ、パンツはダメージのない細身のブラックジーンズを合わせ、首元には緩くストールを巻いている。
 気取らず、しかし趣味の良さ感じる、彼らしいコーディネートだ。
 無意識に見つめていたら、頬杖をついてこちらを眺めていた伊織と目が合った。
「その色、お前に似合っているな。」
 京一郎の服装は、白のシャツに薄緑色のカーディガン、くすんだ色のパンツ、そして綿のスニーカー。
 カーディガンを着るか着ないか、はたまたジャケットにするかセーターにするか迷っていたせいで、今日は遅刻してしまったのだ。
「ありがとう、ございます。・・・あの、伊織先輩は、その、格好いい・・・と思います」
 言いながら気恥ずかしくなって、語尾が小さくなる。
 すると、伊織がテーブルに身を乗り出してきた。
「キスしたい」
「だーっ!」
 真っ赤になる京一郎。
「厭か?」
 首を傾げる伊織。
「人が見てないとこでって言ったでしょう!」
 小声を荒らげる。
「今は誰もこっちを見ていない。」
「ここはダメですーっ!!」
 両手で肩を押し返すと、伊織は不満そうに体を引いた。
「ん?!」
 しかし今度は、テーブルの下で足を絡めてきた。布越しに伝わってくる温もりにどぎまぎする。
「伊織先輩!」
「どうした、京一郎。」
 抗議しても素知らぬ顔をされる。
「ほんとに、もう!!」
 そんなこんなで、食事中もちょっかいを出され続けたのだった。

「お昼、美味しかったですね。ご馳走様でした!」
 いろいろと邪魔されはしたが、食事自体は和食をベースに洋野菜をうまく使ったアレンジが舌を十二分に楽しませてくれた。
「伊織先輩、あのお店は前にも行ったことあるんですか?」
「そういえば、姉に連れられて一度来たかもしれない。」
「へぇー。お姉さんって、先輩に似てるんですか?」
「見た目は、どうだろうな。性格は、・・・多少面倒・・・」
 姉の様子を思い出したのか、やれやれ、といった顔も新鮮だ。
 しかしその表情が一瞬、険しく歪んだように見えたのは、気のせいだろうか。
 確かめるため、京一郎はそっと付け加える。
「仲、良いんですね。」
「どうだかな。」
 伊織は立ち止まって、京一郎の髪を撫でる。その表情に、先ほど感じた険はもう感じられなかった。
「お前の妹は、お前に似ているのか?」
「子供の頃はそっくりって言われましたよ。今は彼女も髪を伸ばしているし、かなりお転婆だから、似てるのは顔くらいかなぁ。」
「ふぅん。」
 伊織の優しい目が、京一郎を通して妹の櫻子の姿を見ているように見えた。何故だか面白くなくて、京一郎は伊織の袖を引く。
「なんだ。」
「いえ、・・・別に、何でも・・・」
 京一郎は俯いて、でも掴んだ袖を離せない。不思議そうに見つめていた伊織は、やがて微笑み、京一郎の耳元に唇を寄せて囁いた。
「ここでもいいが、お前の顔を衆目に晒したくない。あと少し、我慢しろ。」
「えっ?」
 京一郎の手を取って、すたすたと行ってしまう。
「わっ 先輩、手っ !」
 握られた手を離そうともがくが、伊織はぎっちりと掴んでいて、力を緩める気配はない。
 再び映画館のチケット売り場まで来て、やっと解放された。周囲の女性たちが、好奇の目でこちらを見ている気がする。
(しっかり衆目を集めているじゃないか・・・)
 京一郎は、こっそり溜息を吐いた。

 予約をしていなかったが、連休明けのせいか、目当ての作品は並びで席を取れた。タイミングも良かったようで、待たずに入れそうだ。
「飲み物は、何がいい?」
「じゃあ、アイスティーで。あ、ちゃんと割り勘にしてくださいね!」
 アイスティーのSサイズとMサイズを手にした伊織と、席に座る。
「あれ、伊織先輩、小さいのでいいんですか?」
「上映中の飲食はあまり好まない。それよりほら、そろそろ携帯を切った方がいいんじゃないか?」
 場内の明かりが暗くなり、予告編が始まった。
 久しぶりの映画館に、京一郎の胸は高まる。横に居るのが伊織であることにも。

 暗い部屋で、隣り合わせ。二人を隔てる肘掛がもどかしくて、密かに伊織側に寄って座ってみる。
 さっきのように、触れてはくれないのだろうか。ここは暗いから、こっそり手を握るくらいなら、他の人から見咎められることもないと思うが。
 そっと、横顔を盗み見る。しかし伊織はスクリーンを見つめていて、京一郎の視線には反応がない。
(伊織先輩、こっち見て・・・)
 明るいところでは恥ずかしくて、見つめ合うことさえはばかられるけれど、ここなら。
(ここだったら、別に構わないのに・・・)
 さっきまでは、しつこいくらいキスしたいと言っていたのに。
(僕だって、ちょっとは我慢、してたのに・・・)
 伊織の腕が載っている肘掛に、右手を乗せてみる。触れそうで、触れない。少しだけ、腕を動かしてみる。不自然にならないように、あくまで動いた拍子についぶつかってしまったように、少しだけ。
 微かに、指が触れた。が、すぐに離れてしまった。
「ぁ・・・」
 伊織が、腕を降ろしたのだ。
 これが他人だったら、気を遣ってくれたのだろうと思う。しかし、京一郎と伊織は他人ではない。しかも先ほどまでは不必要なまでに触れてきていたというのに、なぜ今、ほんの僅かに重なった指さえそのままにしてくれないのだろう。
 不意に、京一郎の自信が揺らぐ。やはり、伊織は自分のことなどなんとも思っていないのだろうか。今日一緒に出かけたのも一時の気まぐれで、別に相手は誰でもよかったのかもしれない。スキンシップにしたって、伊織が求める時以外には、京一郎から触れることを望まないのでは。
 ぽつんと肘掛に残った己の腕を見つめ、京一郎は、興奮に火照っていた身体が冷えてゆくのを感じた。

 と、横で忍び笑いが聞こえた。伊織がくすくす笑っている。コメディ映画の予告編でも流れていたのだろうか。
 そうだ。ともかくも、親からもらった仕送りから今日の映画代も出しているのだ。本編だけでも楽しんで帰らないと。
 京一郎が顔を上げ、スクリーンを向いたところで、耳元に囁き声。
「・・・我慢、できない?」
 振り向きそうになって、気付く。伊織は知っていたのだ。京一郎が横で悶々としていたことを。
(今さら、何を。)
 聞こえないふりをする。
 肩に、長い髪の落ちる感触。耳朶に、吐息。
「ふふ・・・ 京一郎」
 くすぐったくて、京一郎は首をすくめる。
 肘掛にあった手が取られ、指を絡めて伊織の膝の上に置かれた。
「拗ねるな。」
「・・・知ってたくせに」
「もじもじしているお前が可愛くて、つい、な。悪かった。」
 甘い声に、冷えた心がじんわりと温まってゆく。しかし、簡単に許す気にもなれない。短い間とはいえ、どれだけこっちが勇気を出してみたり寂しく思ったりしていたのか、分かっているのか。
「もう、知らない」
「京一郎、どうしたら許してくれる?」
 何も言わないでも、満たして欲しい。
「・・・・・」
 スクリーンでは、上映中のマナーについて注意喚起する映像が流れ始めた。もう少しで、本編が始まる。
「上映中は静かに、な。」
「そんなの言われな――っ!」
 視界が暗くなり、唇が柔らかく塞がれた。
 伊織の髪がヴェールのように京一郎の周りを覆っている。
「続きは、後で。」
 ほんの一瞬の口付けの後、吐息だけで告げて、伊織は身体を離そうとする。
 またそうやって、満たされていない状態で放置するのか。
「厭だ」
 京一郎は伊織の肩を掴んで引き戻し、見つめる。
「・・・もっと」
 伊織が息を飲む気配がした。
 紅い瞳が、スクリーンの明りを反射して妖しくきらめく。
 吸い込まれそうだと思った・・・ーー。

 スピーカーから流れた大音量の効果音が、京一郎を現実に引き戻す。
 自分の大胆な行動への羞恥が押し寄せ、伊織を見ていることすらできなくなって、目を伏せる。
「・・・何でもないです」
 掴んだ肩を離しても、伊織は何も言わなかった。
 京一郎はあらためて、スクリーンへと視線を移した。
 映像は意識を魅惑的な世界へ引き込もうとする。しかし、気が散って画面に集中できない。
 身勝手だとは思ったが、そっと手を肘掛の下から伸ばしてみた。待っていたように、伊織の細くて長い指が絡んだ。
 画面が再び暗転し、スタッフロールが流れ終わるまでずっと、二人はそうしていた。

 映画館を出てからも、何となく互いに無言だった。
 当然のように駅へ向かい、京一郎のマンションの最寄りで降りる。
 京一郎は道すがら、伊織は部屋まで来てくれるだろうか、などと考えていた。
 ふいに流れ込んだ涼しい風に、くしゃみをする。
「どうした・・・寒いか?」
 久しぶりに伊織の声を聞いたような気がする。今日一日、ずっと一緒に居たのに。
「寒くない・・・へぐ」
 また、くしゃみ。
 伊織は苦笑しながら、首に巻いていたストールを外すと、京一郎の顔にぐるぐると巻きつけた。
「これじゃ前が見えません」
「ふふ・・・」

 京一郎の通学路に差し掛かったところで、伊織は立ち止まった。
「今日は楽しかった。では、な。」
 ぽんぽんと頭を叩いて、踵を返す。
「あ、先輩、ストール!」
 言い縋ると、伊織は軽く振り返って京一郎を見つめる。その瞳が、いつもと違い、切なさを湛えているように思えて、不安がよぎる。
「お前にやる」
 それだけ呟いて行ってしまう。
 なぜ、貸すのではなく、くれるのか。
 聞いてはいけない疑問が湧き上がる。
 それに、"あのこと"についても言わなければ。
 遠ざかる背中に、行かないで、と声をかけたくなる。しかし、何かが動きを鈍らせる。

 少しの間、京一郎は長髪の揺れる後姿を見送っていた。
 大丈夫、また一緒に出かければいい。
 "あのこと"だってそんなに間近ではないだろう。
 そうだ、今度はうちに来てもらおう。まだまだ上手ではないけれど、簡単な手料理をご馳走しよう。
 時間なら、たくさんあるのだから。
 そう思いながら帰路に向き直ることで不安を消そうとするが、そうでもしないといられない自分にますます心乱れる。

 耐えきれず振り返った京一郎の目に映ったのは、雑踏に紛れて見え隠れする長身。そしてその横には、見覚えのない制服の生徒たち。
 彼らは伊織を囲み、細い路地へ消えた。

* * * * *

 やはり、様子がおかしかったのだ。
 他校生に尾けられていることに、伊織はいつから気づいていたのだろうか。
 今日は時間を気にしている風ではなかったから、恐らくこれは約束のない、"非公式"と呼ばれる類なのだろう。だとすると、何かあった際に助ける者もいないし、また気を失うほど殴られる可能性だってある。

 京一郎は走りながら、伊織を問いたださなかったことを後悔していた。
 無理矢理にでも、うちに連れて行くべきだった。或いは、彼の家まで送るべきだった。
 本人に、この状況をどうにかする気がないのであれば、どうにかしたい京一郎が徹底して彼を護るしかないのに。
 デートの楽しさにかまけて、言いづらいことを言い出さなかったのは、自分だ。
(伊織先輩、どうか無事でいてくれ・・・!)

 彼らの姿が消えた路地に駆け込む。
 鈍器で何かを殴る音と、くぐもった悲鳴が、同時に聞こえた。
 目に映ったのは、そこかしこに倒れて悶える他校生徒たち。そしてその中心には、やはり唇の端に血を滲ませ、しかし冷たい瞳を昏く輝かせて立ち尽くす伊織。
 黒く長い髪、白い肌、紅い目。
 勝利に浸るでもなく、哀しみに暮れるでもなく、ただ無感動に敵を見下ろす。
 彼の姿は穏やかで美しく、しかし何かが欠けていた。
「何故・・・、来た・・・」
 虚ろな目で京一郎を捉え、低く呟く。
「先輩が心配で、先輩を助けたくて・・・、先輩にこんなところにいて欲しくなかったからです。」
「お前に累が及ばないよう、顔にストールを巻き付けて帰したのに。まるで意味がなくなった。」
 伊織は足早に京一郎に近づくと、腕を掴んで大通りへと歩き出す。
「・・・っ 先輩を狙う他校生たちに顔を覚えられたら、僕も酷い目に遭うかもしれない、ということですか。」
「そうだ。」
 確かにそういうことだってあり得るかもしれない。しかし、本当に問題なのは、そこじゃない。
「ねぇ、伊織先輩。先輩が闘う相手は、本当に彼らなんでしょうか。」
 京一郎の問いかけに、伊織は足を止める。
「どういうことだ。」
「先輩が生徒会長の代わりにこんな目に遭う状況こそ、この状況を作っている生徒会こそ、最も倒すべきじゃないんですか。」
 真っ直ぐに、紅い瞳を見つめる。
「伊織先輩、僕とーー」
「護ろうとして失うわけにはいかないんだ」
「?伊織せーー!」
 彼が早口で言った言葉を聞き返そうとしたが、乱暴に重ねられた唇に遮られた。
 京一郎を掻き抱いた伊織は、頭を鷲掴みにして唇を押し付けてくる。
「っは」
 離れた合間に息をしようと京一郎が口を開けると、今度は舌を差し込まれた。
 今まで何度か彼と口付けを交わしたが、こんな激しいキスは初めてだ。京一郎は、混乱と羞恥の中、必死で伊織にしがみつく。
 逃げる京一郎を絡め取り、暴れ回る伊織の舌が、意識を朦朧とさせる。
 腰が抜けて膝から崩れ落ちた京一郎を支えて、伊織も跪く。
 詰めていた息も限界に近づいた頃、やっと、解放された。

「っはぁっ はぁっ」
 浅い息をする京一郎の頬を、伊織は愛おしそうに撫でる。そして額にそっと口付けを落とし、身体を離して言った。
「京一郎、もう、私に関わるな。」
「いや・・・だ・・・」
 立ち上がる伊織の服を掴む。
 その手を剥がした伊織の視線はもう、京一郎には向かない。
「お前に近づいた、私が安易だった。」
 そんな声は聞きたくない。後悔なんてしないでほしい。
「伊織先輩は、僕が護るから、だから・・・」
 京一郎の言葉に、背を向けた伊織の肩が一瞬反応したように見えた。しかし、返ってきたのは冷たい声。
「生憎、か弱い後輩に護られるほど耄碌してはいないのでね。部外者に余計な真似をされるのも、正直困る。」
「!部外者なんかじゃーー」
「君は何のために帝都へ出てきた?本分を弁え給え、柊くん。」
 京一郎の声を遮り、伊織は行ってしまう。
 足が竦む。心拍数が上がる。喉が塞がって息が苦しい。
 それでも立ち上がり、京一郎は震える声で叫んだ。
「あなたのことは、僕が絶対護ってみせる!千家伊織先輩!!」

 伊織は、振り向かなかった。

  伊織先輩ヒドいな。あ、元々か。ていうか映画館ではおとなしく!

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