澄んで、青く。花薫る。 24
伊勢兄弟の協力により、放課後、館林と会って話せることになった。
突然の後輩からの呼び出しに館林はやや警戒しているようではあったが、薫の口添えもあり、なんとかファミリーレストランで待ち合わせることに同意してもらった。
掃除も終わり、乙若と下駄箱に向かって歩いていると、向こう側に伊織の姿が見えた。
「あ、千家さんだ。」
乙若も目敏く見つけたようだ。
「・・・・・・」
「京一郎、声かけないの?」
「・・・んー・・・」
京一郎は答えを濁す。彼の姿を見るのは久しぶりだ。正直嬉しいが、気まずくて近づけない。また拒絶されるかもしれないと思うと、話しかける勇気が出ない。
実のところ、あれから何度か図書館の隠れ処や階段裏を覗いてみたのだが、伊織に会うことは出来ず、時間が経つにつれ、きっとまた元通りになれるという期待よりも、もうどうしようもないのではという不安が大きくなってきた。
乙若は察したのかそうでないのか、京一郎の手を掴むと、ずんずん伊織に近づいていく。
「ちょっと乙若、やめてよ!」
抗議すると、にやりと笑って彼は言った。
「俺はね、京一郎の恋も全力で応援してるから、さっ!」
渾身の力で伊織めがけて放り出された。
「ぅわぁっ」
たたらを踏んだ京一郎は、伊織の前に躍り出る。
(乙若の奴、お節介なんだから・・・)
心の中で文句を言いながら、恐る恐る顔を上げる。
「・・・・・・」
突然の登場に多少驚いた様子で伊織はこちらを見詰めていた。
「あ・・・」
言うべきことを思いつかずまごついていると、無言で背を向けられてしまう。
「っ伊織先輩!」
咄嗟に腕を掴んだ。今を逃したら、もう会話をすることさえできなくなるような気がする。
伊織は振り返らない。
「・・・諦めません。」
細くて長い背中に、そっと語りかける。
「必ず、伊織先輩を生徒会の暴力から解放します。だから」
掴んだ腕の指先を持ち上げ、口付けた。
「・・・この想いに濁りないことを誓います。待っててください。」
そっと手を離し、乙若の元へ向かう。
本当に言うべきことは、違うと分かっていたけれど。・・・根源的な言葉を伝えることは、できなかった。
戻りしな少しだけ振り返ると、同じ場所に立ち尽くしたまま、伊織は指先を見つめていた。
「わぉ・・・京一郎サンてば、ダイタン!」
一部始終を遠巻きに観察していた乙若が茶化してくる。
「うるさい。行くよ。」
「コワイコワイ。ちょっとその凄み、館林さんの前でもちゃんと発揮してよ?」
にやにやしながら覗き込んだ京一郎の表情に、乙若はそれ以上何か言うのをやめた。
約束の時間より早目に店へ入る。
館林には、生徒会に興味があるからいろいろ教えて欲しいという名目で、約束を取り付けた。呼び出したのは乙若ということにして、京一郎が同席することは伏せている。
到着から30分ほどして、店員に案内されて館林は現れた。
「すまん、仕事が長引いて――!」
京一郎と目が合うと、館林は明らかに警戒を強めた。
「柊・・・」
「お疲れのところ、来ていただきありがとうございます、館林副会長。」
「お前がいるということは、ただ生徒会について聞きたい、というだけではないな。」
視線が鋭くなる。
「まぁまぁ、ひとまずなんか頼みません?お腹空いちゃった。あ、俺が館林さんを呼び出した張本人の、1年7組の乙若です。」
「外部生の、乙若か。」
「よくご存知で。あ、メニューどうぞ。」
3人はしばらく無言でメニューに目を落とす。
「決まりました?」
京一郎は、二人が頷くのを確認してウェイターを呼ぶ。
「じゃあ、サバの塩焼き定食、お味噌汁セットで。」
「私もそれで。」
「俺もー。」
サバ塩味噌3つと復唱し、ウェイターが去る。
「サバ塩、好きなんですか?」
「和食が好きなんだ。」
「へぇー。俺たち、気が合いそうですね。」
わずかに和らいだ場の雰囲気を逃さず、乙若は生徒会に絡めて帝学の年間行事のこと、最近の進学率、教員ごとの定期試験の傾向など、伊織の件には触れず、ありとあらゆる質問をした。館林は饒舌ではなかったが、乙若の知識欲には好感を持ったらしく、意外にもこの会合は盛り上がった。
京一郎は基本、話好きの乙若にリードを任せていたが、時折肘で小突かれて適当にコメントしたりした。
「あ、もうこんな時間だ。館林さん、遅くまで付き合ってもらってありがとうございました。よかったら、また付き合ってもらえますか?」
締めようとする乙若に、館林は少し不審げな顔をする。
「お前たち、今日私を呼んだ目的は、これで良かったのか?」
暗に、"あのこと"について言っている。
京一郎は、極力不自然にならないよう気をつけながら、微笑む。
「薫くんたちから伝えてもらったとおりですよ。特に乙若は、帝学の生徒会に憧れて入学したんですから。」
「そうか。そういうことなら、都合のつく限り付き合おう。私も副会長として、君たちのような優秀な生徒を歓迎する。」
会計の後、"爺や"なる人物から携帯に複数回着信があったことに気づき、館林は足早に去っていった。
「ボンボンなんだなぁ・・・」
乙若が、しんみりと呟く。
「がっかりした?」
「いいや。やっぱり思ったとおりの人だった。あとは、俺に惚れたらどう豹変してくれるか、だね。」
強気の発言に、思わず笑ってしまう。
「こんなこと言うのは悪いけど、万一玉砕したとしても、死んでやるー、とか言わないでよ?」
「む。俺は極端だからな。あり得る。」
「ちょっと、勘弁してくれよ。」
「そん時はさ、時雨さんや臣さんと一緒に、慰めて。俺がまた生きたいって思えるようにさ。京一郎がそう言ってくれたら、立ち直れる気がするよ。」
「乙若・・・」
「ま、そこはお互い様ってことで。君だって千家さんとこれから何が起こるかわからないでしょ。」
おそらく彼に他意はないのだろうが、そのとおりだと思った。果たして目的に達し、"あのこと"を無くすことができたとして、また伊織が京一郎の元へ戻ってくる保証はない。そもそも、辛うじて付き合っていると言える状態だったのでさえ、たった数日の間だったのだから。
「さぁて館林さんの籠絡はまだ先だ。次は明後日あたりに約束を取り付けようか。頼りにしてるぜ、京一郎。」
そんな気持ちを知ってか知らずか、乙若は、京一郎の肩を優しく叩いた。