澄んで、青く。花薫る。  4


 週末、京一郎は、金曜に起こった珍事件を思い返しては頭を抱えていた。あれだけ関わりたくないと思っていた副会長に、名前も顔も憶えられてしまった。それだけではない。一体どういう関係かは知らないが、その他複数の先輩にも、家の場所まで知られてしまった。
 来週から、自分もいじめられるのだろうか。
 そう思った時心の支えになるのが、千家伊織の存在だった。
 彼は確かにいじめられていたようだが、本当のところはかなり強い。不意打ちを受けなければ、1対複数の喧嘩も有利に進められるほどだ。昨日は修羅にすら見えた彼が味方になってくれるかはわからないが、二人で立ち向かえば、殴ってくる相手も見殺しにしていた生徒会も、きっと撃退できるだろう。
 それに、2度目に遭遇した時は逃げずに彼を救おうとしたことが、京一郎の僅かな自尊心を慰めた。
(そうだ。いじめになんて、屈しちゃダメだ。)
 そして、千家の整った顔立ちを思い描いては、その吐息の感触が思い起こされ、京一郎は困惑し赤面するのだった。

 月曜の昼休み、意を決した京一郎は、生徒会室へ一人向かった。
 生徒会室内で暴力をふるわれる可能性も考え、念のため竹刀を持参している。
 扉を開けると、館林は中央の長机に座っていた。
「来たか。では、先日のことを話してもらおう。」
 威圧的に促す。その視線の冷たさに京一郎は少し怯んだが、悪いことはしていない、どうにでもなれ、と腹をくくり、特に包み隠さず見たことを伝えた。話しながら、それとなく室内を見回す。
 本来は中等部生の年ながら、異例の飛級・就任を成し遂げた現・会長、スメラギ太志。入学式の時に壇上で挨拶していたから、見覚えがある。幼さの残る面差しの彼は、窓を背にした両袖机の奥に鎮座し、弁当を食べながら何か資料を読んでいる。
 それから、見た目がそっくりな二人は、双子だろうか。制服のデザインが高等部生と少し違うから、恐らく中等部生なのだろう。片方は落ち着きなく漫画雑誌を片手になんだかんだと喋っている。静かに相槌を打っている方が、恐らく兄だと思われる。
 また、高等部3年のシャツを着ている、落ち着いた雰囲気の女子生徒と、なんとなく無骨だが穏やかな雰囲気の、身体の大きな男子生徒。この二人は、入学式の生徒会執行部役員紹介の時に見た気がする。
 しかし、千家の姿は無かった。もしかして生徒会関係者かもと思っていたが、推測は外れたようだ。
 そう言えば、校規には生徒会副会長は2名と定められているが、館林と、あともう一人の副会長は誰なのだろう。入学式での役員紹介の時にも、いなかった気がする。

 京一郎が説明している間黙っていた館林は、話を聞き終えると眉間のシワを深くしてこう言った。
「巻き込んでしまって悪かった。しかし、昨日までのことは忘れろ。また、決して他言無用だ。守らなかった場合、この学校には居られなくなるものと思え。」
「・・・教えてください。千家先輩は、いじめを受けていたんですか?生徒会は、それを見殺しにしたんですか?」
 いじめ、の言葉に館林の眼光が怒りを帯びた。他の生徒会役員たちも一様に京一郎を注視する。
「いじめなど、行われていない。余計なことを言うことは許さない。」
「だけど!確かにあの時、あなたも他の皆さんも、あの場に居ましたよね?」
 食い下がる京一郎を、双子の兄弟が無理矢理生徒会室から追い出そうとする。
「貴方は正義感が強いようだけどぉ、まだ高校生活は始まったばかりでしょ。平穏に卒業してってもらうことが僕たちの使命なんだからあ、必ず、館林副会長の言った通りにしてくださいよぉ。」
「今の1日1日を大切に過ごさないと、きっと大人になってから後悔しますよ。ゆめゆめ、他言無用をお忘れなく。では。」
 廊下に押し出され、ぴしゃりと扉を締められた。
 ここまで徹底的に締め出されてしまってはどうしようもない。京一郎は仕方なくその場を後にした。

* * * * *

 その週は、やはり生徒会に何かされるのではないかと気が気でなかった。しかし、たまに生徒会役員とすれ違った所で「他言無用」の念を込めた視線を送られるだけで、特に向こうから接触してくることはなかった。また、例の路地の近辺はいたって平穏で、あれきり千家の姿も見かけなくなった。
  動きのない回。もう少し、お付き合いください。m(_ _)m

NEXT NOVEL PREVIOUS