can't take my eyes off of you



 変えられた
 奪われた
 無くした
 捨てた

 そう、思っていた。けれど――――


 朝、腕の中で目覚める。
 身体を拭くだけでいいと言っているのに、無理に湯浴みさせられる。
 朝食を摂る。
 あの人は、紅茶に口をつけるだけ。
 寝室へ戻り、子供のように手を横に広げて、軍服を着せかけられる。
 素の顔のあの人は、素朴に美しい。
 時折、私の顔をちらと見遣って、微笑む。私が、自分で着られないのを恥じているのを見透かして意地悪に。・・・そしてごくたまに、どこか優しく。

 私に服を着せたあの人は、自分の支度にかかる。
 私に着せるときは、ゆっくり教えながらだから随分時間を要するが、慣れた己の世話はあっという間に済ます。

 執務室へ着くと、横に立って、部下の挨拶を聞き、その日の予定を確認する。
 側近なので、会議でも謁見でも着いて歩く。
 常に、左後ろへ半歩下がって。

 中食は大抵、執務室で摂る。
 麦のパンをひと齧りして、あの人は紅茶を啜る。
 それだけでよく、頭脳労働が務まると思う。
 言うと、小さく笑った。
 それでいて、私にはしっかり食べろと言う。

 午後の会議が終わり、執務室へ戻ると、少し日が傾いていた。
 灯りをつけようとスタンドへ向かう私の身体は、長い腕に絡められて動きを止める。
「まだ勤務時間中ですよ。」
「ふふ。」
「・・・ちょっと、千家少将殿、あのですね。」
 いつと決まっているわけではないけれど、あの人は時折、こうやって私に戯れかける。
「・・・・・・もう」
 私を後ろから抱きしめるあの人はこんなとき、なぜだかわからないけれど、たまにふわりと優しく笑うのだ。
 その顔が見たくて、私は首だけ回して、呼ぶ。
「・・・伊織。」
 口がその音を紡ぎ出すと、胸の奥が、きゅう、と鳴った。
「ん。」
 ほら、やっぱり。
 なんだ、ではなく、ん、と返すとき。
 あの人はこんな風に、蕩けるような微笑みを浮かべている。

 そして見惚れる私の下唇に、前歯がそっと当たる。
「ふ・・・ん」
 唇を甘噛みし合ううち、舌が絡み合い、重なりが深くなり、しばし互いに求めるままのくちづけに溺れる。

 いつだって、こんな風に静かに甘い時間があるわけではない。帰宅後、嵐のように交わることの方が多い。

 けれど私はいつの間にか、このたまさかの時間を心待ちにするようになっていた。
 だから、あの人の様子を少しも見誤ることのないよう、いつもこっそり見守っている。


 こんな私は、やはりあの人によって、こうなるよう変えられたのだろうか。

 言うつもりはないし、認めるのは何やら少し悔しいような気がするけれど、私は最近、そうではないと思うようになった。
 あの人のごく稀に見せるこの笑顔は、私だけの知る気張らない微笑みは、もはや、かけがえのないものになってしまったから。
 どんなに嫌なことがあっても、どんなに辛い気持ちになっても、あの人がふわりと笑うと、なんだかもう、どうでも良くなってしまうから。

 だから――――
・・・そう、きっと私は、あの笑顔に恋しているのだ。

<了>   
  京一郎さんが伊織さんに服を着せてあげられるようになる前のお話。
  安易に異国語のタイトルを使いたくないというポリシィ(そんなもんあったのか)を「まあいっか」で曲げてしまう己の弱さよ。にゃわわ。

NEXT NOVEL